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piece of『HAVE』その1 「出口なし」
『出口なし』(原題 HUIS-CLOS 閉ざされた扉の意)
2015年5月上演@日暮里d-倉庫。
die pratze主催の現代劇作家シリーズvol.5 J=P・サルトル 、です。(あらすじhttp://sphinx44.seesaa.net/article/366184436.html)
現代の偉大な哲学者、思想家サルトルの戯曲。最高にテンパりました。“演劇”の戯曲というより、サルトルの思想・哲学を具現化する為の戯曲といったかんじで、ドラマ的コトバ的には全然面白くない!だもんで、どーやってジツゾン主義しつつ面白くするか&#8265;&#65038;というとこで、モンモンモンと煮詰まりました(ほんとサルトル恨みました)。が、しかし!それゆえに得るものも多く、大きく、戯曲というものに対する考え方をあらためるキッカケになったとも言えます。とりわけ、この年からフェスティバル参加者によるシンポジウムが行われることとなり、同じ戯曲に取り組んだ作家が一堂に会し、あーだこーだ言い合ったのですが、そこで、ああ!とか、なるほど!とか、へー!とか目からウロコ的なことがたくさんありました。一言で言えば、他の参加者の戯曲に対する愛!みたいなところに驚嘆致しました。このフェスティバルに参加してる方の多くは、作/演出という形で作品を発表しておらず、既存の戯曲を読み解き演出するというスタイルで活動されており、その方々の戯曲への接し方、向かい合い方は新しい知見でした。「オレとは違う。し、今まで会った演劇人とも違うかも、、、」でした。端的に言うと、戯曲からのハミ出し方の境界線の線引きが大きくちがうなぁと。戯曲との距離の取り方、そもそも戯曲とは?←コレ今に至る。
今回『HAVE』の中では、「淪落の女+暗く深い川」をやります。同性愛者であるイネスの巡り巡り堕ちてゆく様を鉄棒で表現。そして、ガルサンとエステル、死後も人間関係のしがらみや過剰な(?)自意識から逃れらないという様をツイスターで表現しましたwww。
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